三 谷幸喜のありふれた生活4〜冷や汗の向こう側〜
 

「大河な日日」最後のせりふの心
 「新選組!」が最終回を迎えた。やはりドラマは 放送されて初めて完成したといえる。これで本当に僕の手から離れたわけだ。
 毎度のことながら、一つの作品が終わった直後は、達成感には程遠い。自分の作品としての至らなさに今は落ち込んでいる。もう一度最初から書き直したら、 何倍も面白いものが書けるのに……。
 反省点は山ほどあるが、一番まずいのは第一話の冒頭。このドラマは、新選組のもっとも輝いていた時のエピソードから始まり、そこから近藤勇の青春時代に 遡る設定だった。そして半年後、最初のシーンに戻る「予定」だった。ところが戻らなかったんです。書き進むうちに細かい設定が少しずつ変わってきた。登場 人物のキャラクターも微妙に違ってきたし。そんなわけであの一話の冒頭は、僕の中ではイメージシーンと勝手に位置づけている。こんなに長いものは書いたこ とがなかったので、こういったミスもあるわけです。ごめんんさい。
 これだけ制作期間が長いと、演出に関して自分の思いとは異なることも何度かあった。僕は演劇から来た人間なので、自分の書く台本にはCGを使った特殊効 果は合わないと思っている。だからそういった演出には、たとえそれが効果的であったとしても、違和感を覚えてしまう。演出家と議論したもあった。それ自体 は何の問題もない。脚本家が常に正しいとは限らないわけだし。むしろ意見を言い合えるというのは、信頼関係があればこそだ。ただし大勢の人間が関われば、 それだけ異なった意見も出てくるし、必ずしも皆が満足できるものになるとは限らないという、集団作業の難しさも痛感した。
 一年にわたったドラマのラストで近藤勇は斬首される。彼の最期の言葉は、一話を書 く前から決めていた。近藤は盟友土方歳三の名を呟いて死ぬ。僕の描く新選組 の物語に、これ以上ふさわしい幕切れはないと思っていた。
 台詞の解釈は香取さんに託した。近藤は、「トシ」としか口にそないが、 彼が本当に言いたかったのは、「トシ、今まで有難う」なのか「トシ、これからのことを頼んだ」なのか。それは香取さん自身に決めてもらおうと思ったのだ。
 カメラの前で、香取さんは静かにその台詞を吐いた。なぜか小さな笑み を浮かべていた。それはとてもいい表情だったのだが、僕には笑顔のイメージがなかったので、虚を衝かれたような思いだった。収録後、あの時どうして微笑ん だのか、香取さんに聞いてみた。
 本番直前まで頭の中は真っ白だったそうだ。カメラが回った時、彼の頭に浮かんだ言葉は、「トシ、次は何をしようか」だったとい う。十代の頃から行動を共にしてきた親友への最期の言葉として、これより相応しいものがあるだろうか。あれは希望の笑顔だった。それは脚本 家の想像を遥かに超えていた。その瞬間、香取慎吾は紛れもなく近藤勇になった。
 こうして僕と香取慎吾の「大河な日日」は終わった。


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